ただ、君だけを愛す










「〜〜〜〜っ!もう先生なんて知りません!!」

「神子・・・・・・。」



半泣きになりながら、そう望美は叫ぶと。

戸惑うリズヴァーンを置き去りにして走り出していった。






どれくらい来たであろう?

体が疲れを自覚して来た頃、望美は歩みを止めた。

瞳にはまだ涙が残っている。

大きく鼻を啜って、着物の袖で乱暴に目を擦った。



「・・・・・先生のバカ。」



そう言い、望美は近くの川原の畔に腰を下ろした。

涙の原因。

それは、数刻前の事。




京の離れた場所に住んでいる望美にとって、外出はとても楽しいもの。

愛する人との外出は何よりも心が踊る。

現代でよく街中のカップルがしていたように手を繋いで、寄り添って。

ほんの少し、照れくさい気もするけれど、それがまた心地よいから。

期待を込めて、リズヴァーンの横に引っ付いて歩いていた。

ところが。



「・・・・・・・・・。」



一向に、手を繋いでくれる様子は無い。

また。



「先生。風が気持ちいいですね。」

「今日は晴れて良かったですね。」



会話を弾ませようと、話しかけてみても。



「そうだな。」



相槌のみが帰ってくるだけ。

最終的には。



「先生!ちょっと、覗いて見ませんか?」



大きな市が開催されているのを見つけて、リズヴァーンを誘った。

だが。



「見てくると良い。私はあちらで待っている。」



そう、言ってリズヴァーンは背を向けた。

望美は一気に悲しい気持ちに突き落とされた気になる。

別に、何かが欲しくて見に行きたいんじゃない。

好きな人と、他愛も無い会話をして、色々な物を見て、感情を共有することが楽しいのだ。

なのに、リズヴァーンは思いを通じ合った後も、微妙に望美と一線を引いている気がする。

望美の瞳が薄っすらと水気を含んだ。






「贅沢な悩みなのかな?」



望美は手近にあった花を弄りながら呟く。

リズヴァーンとこの世界に残る為に沢山、時空を超えた。

拒絶されても一生懸命付いて行って。

やっと、受け入れてもらえた。

それだけで、もう幸せだと思っていたのに。

幸せの要求は限度が無い。

もっと、もっと愛して欲しいと。

欲張りになる。



「呆れちゃったかな?」



行き先も何も言わずに感情のままこの場所に来てしまった自分に。

リズヴァーンは探してくれているのだろうか?

そうだとしても、ここを見つけてくれるだろうか?

見つけてもらえて、一体、どんな言葉を交わせばいいだろう?

そう考えて、望美は小さな溜息を吐いた。

すると。



「・・・・・神子。」



抑揚の無い、静かな声が背後から聞こえた。

望美の鼓動が跳ねる。

背後の人物はいつ現れたのか見当もつかないほど静かに現れた。

そして、何を行動するでもなくただ、望美の背後に立っている。

沈黙が、流れた。

その沈黙を破ったのは望美だった。



「な、何ですか?先生。」



一応、呼びかけられたのだから返事をするのは当然と思ったのか。

少々、上擦った声で振り返らずに言う。

すると、リズヴァーンは。



「神子。そのままで良いから聞きなさい。」



諭すように言った。



「私は・・・・・・お前を愛している。」



その言葉に、望美は心臓と一緒に飛び上がりそうになった。

顔も瞬時に朱色へ染まる。

けれど、振り返らずに聞いている望美の変化にリズヴァーンは気付かずに続けた。



「その気持ちは、数多の時空を超え。より大きくなっていった。」



淡々と、リズヴァーンは言う。



「しかし、他の時空で出会ったお前は、途中で命を落としたり、他の男を愛していた。
 私は、お前の為だと己に言い聞かせてこの気持ちを封印した。」



背を向けたままの望美には判らなかったが、リズヴァーンの目は悲しみの色を帯びていた。



「だが、この時空のお前は私を愛してくれた。」



何度、距離を置いても真っ直ぐに自分を追いかけてくれた。



「私は、きっと。お前を手放すことは出来ない。」



誰にも触れる事も、見られる事も我慢できないほど。

その積み重なり続けた思いは狂気にも似ていて。

望美を悲しませる結果になるかもしれない。


だから、己が触れることさえ、躊躇ってしまう。

思い合っているのにも関わらず、一線を引いてしまう。



「私は・・・・・・怖いのだ。」



およそ、リズヴァーンとは思えない弱弱しい言葉を発した口に。

望美は立ち上がり、飛びつくように口付けをした。

リズヴァーンは飛びついた望美を抱きとめながら困惑顔をする。

すると。

望美は顔を離してジッと、リズヴァーンを見つめた。



「先生。私も同じです。」



望美はリズヴァーンから目を逸らさずに言う。



「私だって。初めは先生の事、無理だなって諦めそうにもなったし、ヘコタレたりしたけど・・・・・・。」



何度、諦めそうになっても。

唯一つの思いが支えてくれていたから。



「私だって、先生の事。放しません。」



ギュッと望美はリズヴァーンに抱きつく。

きつく、きつく。



「先生が、思っている以上に。私も先生を愛してますから。」

「神子・・・・・・。」



困惑顔を、リズヴァーンは微笑みに変えた。



「同じ気持ちであるならば。・・・・・・・遠慮は要らぬな?」



確認するように言った台詞に、望美は大きく頷いた。

遠慮も、不安も。

必要なのは、互いを愛する気持ち。




誰も来ない川原で。

静かに、長く。

二人は口付けを交し合った。






   
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