第10話 逃げるが勝ち
「・・・・・・・ふわぁぁ・・・・・。」
望美は眠そうな欠伸をした。
クロッケー大会は地味に坦々と繰り広げられていた。
当事者の王達は嬉々としながら取り組み、女王のチームになっている九郎も真剣な面持ちで参加している。
が、急遽引きづられて行ってしまった将臣は心底つまらなそうに溜息ばかりを零した。
この場からいかに脱出しようかとあれこれ思案するのだが、ナカナカ良い案が無い。
ただ、この時が過ぎ去るのを念じるのみか。
けれど、試合の進行状況は思うように進んではいない。
あとどれだけかかるのか。
考えただけで溜息がまた零れた。
それを思っていたのは将臣だけでない。
ギャラリーの中ではチラホラと欠伸を噛み殺す仕種が見受けられた。
つまり、楽しいのは当事者二人のみ。
「こんなにギャラリーを集める必要があるんですか?」
望美が少しあきれたように呟いた。
「う〜ん・・・・・・。何でも、見られると気分が盛り上がるらしいよ。」
「巻き込まれる方は良い迷惑だけどね。」
「えぇ。お陰で仕事も出来ないので作物も枯れ、国が荒れてばかりです。その上、開催にはかなりお金が掛かりますし。」
弁慶の言葉に、望美は声を上げた。
「そんなっ!おかしいです!こんな大会!必要ないです!!」
その一際大きな声は王達の耳にも届いたらしく、赤の王は玉を打つ手を止め、怒りの形相で顔を上げた。
「誰じゃ!今の無礼な言葉は!!」
おおよそ、子供の姿には似合わないほど恐ろしい顔でギャラリーを見渡した。
観客はもちろん、怖くて誰も声を上げない。
が、そんな事に臆する事無く望美はその場に立ち上がった。
将臣は心の中で彼女を褒めた。
それは恐らく、将臣だけではない。
この大会に参加させられている者達全員が、心の中で望美に賞賛の拍手を送った。
「小娘!今の言葉はそなたかっ!」
「・・・・・随分と元気の良い娘さんね。」
けれども、気分最高で楽しんでいた赤の王と白の女王は酷く気分を害した。
だが、望美はハッキリと言う。
「こんな大会必要無いです。今すぐやめて下さい。」
「何じゃと!?」
「私達に逆らうおつもり?」
二人の王の怒りは臨界点を軽々と突破してしまい、空気までも一変する。
その変わり様にギャラリーは怯え我先にと会場から逃げ出し始めた。
「その無礼、身をもって償え!!」
「ちょっ!待て!!」
赤の王は将臣の制止も聞かず、鬼のような形相を浮かべて禍々しい気を呼び出した。
それらは、森の中で戦って来た怨霊と同じ気を持つものだった。
「っ!!怨霊を生み出していたのは貴方だったのね!?」
「ふっ。ならばどうだというのだ?」
赤の王は悪びれる事無く笑む。
望美はその態度に腹が立った。
そして、赤の王の命令通り怨霊達は望美に向かって襲い掛かる。
「はぁぁぁぁ!!!!」
望美は剣を抜き、見事に怨霊を一太刀に切り捨てた。
ところが赤の王はそれにひるむ事無く、次々と怨霊を望美に向けて解き放った。
「くっ・・・・・!これじゃキリが無い・・・・・。」
「それでは、僕たちも混ぜて頂けますか?」
「お前を守るのは俺の役目だろ?」
弁慶とヒノエは武器を構え、望美の前へ出た。
他の八葉達もそれに倣って武器を構え怨霊たちを薙ぎ払う。
しかし、その数は減ることは無く逆にドンドン増えて行った。
望美を援護し続けるのも限界に近づいていく。
「神子・・・・・。今のうちに逃げるんだ。」
敦盛は苦渋の顔で告げる。
「俺たちが囮になります。先輩、急いで!」
譲の言葉に望美は大きく首を振った。
「嫌だよ。逃げるなら皆一緒に・・・・・。」
「望美さん。この数では一人逃がすので手一杯です。」
「そんな・・・・・!!!」
「ですが、君が逃げてくれればまだ、勝機はある。君が捕まってはお終いなんです。」
弁慶の真剣な物言いに望美はグッと唇を噛み締める。
仲間を置き去りになんて出来ない。
けれど、このままでは全滅してしまう。
悲痛な顔の望美に、景時はニッコリと笑った。
「大丈夫!俺たちも後から逃げるから♪」
「ほ・・・・・本当に?」
「もっちろん!ね。皆。」
景時がそう尋ねると皆、首を縦に振った。
「こんなムサイ所は片付けて、姫君の元に駆けつけるよ。」
「大丈夫です。先輩。俺たちを信じて。」
「君に悲しい思いはさせませんよ。」
「また、後で合おう。神子。」
「皆・・・・・・。絶対、後で会おうね!!!」
皆の笑顔を見ると、望美は背を向け城の出口へと走り出した。
「フフッ。そう簡単に逃がすとでも思っているの?」
声色は穏やかだが静かに威圧するような声が聞こえる。
白の女王はニッコリと微笑みながら、隣で唖然と事の成り行きを見ていたウサギに声をかけた。
「九郎。あの娘さんを捕らえてらっしゃい。」
「し、しかし政子さま。確かにあの娘の言い分も間違っては・・・・・・。」
「まぁ。九郎は私のお願いが聞けないのかしら?」
「うっ・・・・・。そういう訳では・・・・・。」
渋る九郎に白の女王は溜息とともに見切りを付け、彼に背を向けると一瞬にしてその場から姿を消した。
次に白の女王が現れたのは望美の眼前。
その出来事に望美は呆気に取られる。
「フフッ。抵抗しないほうが身の為よ。」
変わらない笑顔のまま白の女王の背後から人の物とは思えない気が発せられる。
正体の判らないそれに、望美の足は竦み冷や汗が流れた。
白の女王はそんな望美を面白そうに見ると、白い手をそっと差し出し望美を捕らえようとする。
「何、ボーっと突っ立ってんだよ。」
寸前で望美は腕を引かれ、後ろへヨロヨロと後退する。
白の女王は笑顔を凍らせた。
「どういうつもりかしら?」
「別に。俺はやりたいようにやってるだけさ。」
「困った嫡男ですこと。」
皮肉交じりにそういうと、白の女王は背後の気を増幅させる。
将臣は「やべぇな。」と小さく呟いて望美をチラリと見た。
「オラ。行けよ。」
「で、でも・・・・・。」
「いいから。行けって。」
『邪魔』とでも言うかのように将臣は望美に向かってシッシッと追い払う仕種を見せる。
それは将臣なりに望美が気に病まないようにする態度で。
望美はそれを感じとると、ゆっくり頷き将臣を見据えた。
「将臣君も、ちゃんと逃げてね。」
それだけを言い残して、望美は全速力で出口へ向かった。
途中襲ってくる怨霊を払いのけ、振り返る事無く真っ直ぐに出口を目指す。
「逃がすか!!!」
城の衛兵達が望美の前に立ちはだかった。
すると、目の前に大きな影が降り立つ。
見上げた先にはリズヴァーンが剣を衛兵たちに向けていた。
「神子・・・・・。行きなさい。」
「先生・・・・・・。判りました。」
リズヴァーンにも背を向けて望美は走る。
そうして出口を抜けると森の中へ入っていった。
行き先も決めずにただ走る。
暫くすると、後を追う者は居なくなり望美は膝を突き肩で息をした。
城の方を振り返ると、喧騒は静かになっていた。
皆はどうなっただろう?
上手く逃げられただろうか?
望美は息を整えると立ち上がり、もと来た道を見据えた。
「皆を助けなくちゃ。」
そして、怨霊を作り出している原因と思われる赤の王を止めなくてはならない。
望美は身を奮い立たせる。
「行くぞー!!!!」
グーにした拳を高々と掲げた。
と、背後からクックッと、笑う声が聞こえる。
「剛毅な女だな・・・・・。」
「凛々しいとおよび下さい。兄上。」
なんだか、前にも聞いたことのある声。
望美は何だか嫌な予感がしてそろ〜っと振り向く。
「よう。また会ったな。」
「こんにちは。十六夜の君。」
銀髪兄弟の再登場であった。
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〜あとがき〜
銀髪兄弟出てきました。
どうなることやら。

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